トピックス−地本の取り組み

【14.06.03】宮城県へ被災地ツアーに行きました

現地に行かなければわからないこと

 5/31-6/1の2日間、組合員8人+子ども1人で、宮城県へ被災地ツアーに行きました。
2日間、宮城支部の仲間に、当時や今の状況やなどを話してもらいながら案内してもらったので、ただ見るだけでは気づかないいろいろなことを感じ・知ることができました。

自分にも起こりうること、備えてほしい

 1日目は、石巻のなかよし保育園を訪問し、大橋園長先生に当日の様子を聴くことができました。
 大橋先生は、地震が起きた瞬間の様子や避難ではなく園に残る判断に至るまで、そして、子どもを全員無事に保護者に引き渡すまでの話を丁寧にしてくださいました。「今だから、遠く離れた地の人に言いたいこと、伝えたいことは?」の問いには、「自分にも起こりうること、備えてほしい」「現地を訪ねてほしい」とはなされました。
 同席してくれた石巻なかよし保育園分会の組合員さんは、「大好きだった山に、あの日からまだ行けていない。山から見る景色が大好きでした。3年経ったからこそ、言えないこともある」と、ことばを詰まらせながら語ってくれました。
 みんなが同じ被災者なのに、被害の状況(家屋の損壊や親族の無事など)によって、悲しむことができなくなっている状況に胸を締め付けられる思いでした。
 

地震や津波のことがなかったことにされるのが悲しい

 2日目には、バーバキッチンの千葉さんと会うができました。
 東海地本でとりくんだ「あすキャン」で、各分会から寄せられたメッセージや写真、タペストリーを渡しました。
 仮設住宅で一緒に生活していた人たちが、仮設住宅をでていくたびに、嬉しい反面、自分たちがどんどん取り残されていく気持ちになることなど、話していただきました。「前を見て進まなければと思うけれど、震災や津波のことがなかったことのようにされていくのが悲しい、でも、このように3年経っても訪れて話を聴こうとしてくれるのが嬉しい」と言ってくれました。
 

現地で見て・聴いてわかること

 その他にも、女川町や東松島野蒜地区、名取市閖上地区など、被害の大きかった地域を視察し、宮城支部の組合員から被害の状況などを聴きました。
 3年という時間の経過の中で、町並など着実に復興に向かっているなかで、そこで暮らす人々の思いに格差が生まれていること。一方で、3年間時間が止まってしまっているかのように、何も変わらずに取り残されている場所がまだあることなど、現地に行き、見て・聴くことではじめてわかることの多かった、貴重で濃密な2日間となりました。

女川町
ようやくかさ上げ工事が始まった。
ここにかつて町があったことを想像するのはむつかしい。
「震災後初めて海鳥を見た」の現地組合員の言葉。
漁が再開し、徐々にだが、日常の風景を取り戻し始めている。  

東松島 野蒜地区
被災したかんぽの宿
取り壊されることなく残っている。
大きな瓦礫は撤去されているが、会議室棟のなかは、被災したままになっていた  

 

名取市 閖上地区
時が止まったままの閖上小学校  

体育館にはきれいに洗浄された
ランドセルやアルバムなど、
この地区で見つかった遺留品が持ち主を待っていた。
 

よくみると、家の土台が残っている。
3年前
ここには確かに住宅街があった。  

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